孤独な人生と書いていますが、両親が健在しているだけ、幸せなのかもしれませんが、気持ちはとてつもなく孤独を感じています。
物心付いたときには、母はうつ病。当時は怠け病と呼ばれていたのか、父は理解を示さず、当時の母がよく寝込んだり、一度寝ると数日起きられないとか、お酒に溺れるとか、などなど、何故なのかわからなかった。
今でこそ寝込む理由は理解できます。母は一人で辛かっただろうと思う。
力になれずゴメンと思う。
当時の記憶
母が寝込むと、晩御飯をご飯作をれない、洗濯も掃除も出来ない。私を含め3人の子供は、お腹が空き露頭に迷います。
そんな中、父が帰宅すると、まずは喧嘩、暴力、それからご飯の支度。それが物心がついた小学4年生頃からの記憶です。
小さいときに覚えた料理
10歳の私は父と母の喧嘩がイヤで、また、母も可愛そうだったし、ご飯で喧嘩するなら、ご飯を作ってあれさえすれば、平穏な家庭になると思い、見様見真似でカレーライスを作った記憶があります。その時の角切りのニンジンの大きさと鮮やかな色は、いまだに目に焼き付いています。
10歳の私はカレーライス以外に作れるものは無く、何日もカレーライスが続くと父も疑問に思い
父「誰か作ったんだ」
私「お母さんが作ってたよ、、、、」
精いっぱいの受け答えです。
それ以降は、手を変え品を変え、母に聞きながら試行錯誤して、品数を増やしたり新しい料理を作ったりしていました。若干10歳です。
その頃から言いたいことを胸の内にしまっておく事を覚えたのだと思います。
団らんもつかの間
私がご飯を作れば寝込んでいた母も起きてきて喜んで食べてくれます。ひと時のつかの間の家族団らんでした。でも、時より父の非常識な言葉で夫婦喧嘩となり、具合が良くなってきた母も、再び不調となる。その繰り返しでした。
その頃の経験から、理不尽な対応をする人への過剰なまでの嫌悪感が生まれたと思います。
小さいときに覚えた洗濯と掃除
母が寝込めば、掃除も洗濯も放置されます。その惨状で母もまた、寝込んでしまう。母には元気になってほしかったので、学校から帰ってきたら直ぐに洗濯をして、掃除をして、洗い物をして、ご飯の支度をしていました。奇麗になった部屋を見ると母も元気になり、洗濯物の山がなくなっていると喜んでくれます。
その頃の経験から、掃除と洗濯は苦にならなくなったと思います。
何度も裏切られる
母は、元気になるともう大丈夫だから、もう、お酒も飲まないからと言い、しばらくは元気に過ごしていたのですが、やはり、また寝込みます。寝込むと、父からの暴力や暴言が怖いので、お酒を飲みます。その繰り返しでした。信じては裏切られの繰り返し。10歳からの記憶です。
このころから、人を信じることが出来なくなりました。
罵られる
母にも、父にも、祖母にも、世間体を気にしてか、人前で罵られることが多かった。こんなにも頑張っているのに、認められることはなかった。その為、褒められても信じることが出来ず、評価が気になってしまう。自分で考えて行動することが怖い、評価され罵られるから。今でも、自己評価が低く、自らの能動的な行動に自信が持てない。
孤独な学生時代
中学生になり、元気にはしゃぐ同級生の男女を見ると、
・幸せな家庭に生まれいいな。
・家に帰ればご飯が作ってあっていいな。
・夫婦喧嘩も無く、心穏やかでいられていいな。
・自分らしく生きていられる環境でいいな。
・親から罵られることなくていいな。
と思うようになっていました。妬みです。
そして、いつからか分かりませんが
「他の人とは家庭環境が違っていて、一般的な幸せを味わっていない僕とは違うんだ」
と思うようになっていました。
気持ちを塞ぎ込み、自信を無くし、友達の誘いも断る様になります。(本当は遊びたいけど、家事をしないと家庭が、兄弟が母が大変なことになります)
学校でも休日でも自然と友達とも距離を置き始め、一人で過ごす事が多くなります。
孤独な人生でした。高校も大学も大学院も、お金もないし、遊び方も良くわからないし、人付き合いの仕方も忘れていたし、孤独でした。
心にあったのは「みんなとは家庭環境が違いすぎ。でもたから、いつか報われたいので、真面目に生きていきたい」その思いだけでした。
ずっと、孤独な人生でした。
誰にも相談できなかった
10歳からの家庭状況、心の悩みは恥ずかしくて誰にも相談できませんでした。自分の体格や見た目は、幸せで満たされている様相、雰囲気です。
でも、見た目からは全く想像がつかない正反対の家庭環境でした。
その為、誰にも相談しないで自分で解決しないといけません。
今も人に聞いたり頼ったりすることは苦手です。とてつもなくストレスを感じます。
処理できない気持ち
10歳からの苦しみが今も胸にあります。
あの時の自分がまだ、心を閉ざしています。
幸せな人とは違う、そう言って、心を閉ざしています
10歳の私の気持ちを解放させたい。
解放させてあげたい。
過去は過去として、区別がつけられない。
悔しい気持ちでいっぱいです。
まとめ
今の私が、休日に料理を作っているのは子供や妻の笑顔見たさもありますが、10歳の時の私が想像もできない程の幸せを、10歳になる自分の子供に感じてほしいから。
(ごめん10歳の私)
10歳の私のお蔭で、当時の母以外に、2人の子供(君の子供)と、1人の大人(君の奥さん)の3人の人が毎週笑顔になっています。
今、私の子供は10歳になります。